私たちの歴史

歴史; 1886

年のウィーンで、当時20歳のギュスターヴとオットー・フリードは、パリのモードに夢中になり、また、ボヘミアンガラス工の創造性に魅了されていました。二人は、パリのカイロ通り13番地を拠点地に決め、ビーズやラインストーンを、服飾デザイナーや、刺繍職人、手袋職人、婦人帽子デザイナーへ、販売促進に専念していきます。 当時、現代のプレタポルテなど存在しません。多数のテーラーとお針子たちに、女性は、自分の理想の服作りの作成を委託していました。

 


 

写真1905年- パリのカイロ通りの店舗の前、フリード・フレールのスタッフたち。今日まで、常にずっと同じアドレスです

1914年- ベルジュラックにビーズ・フラワーのワークショップを開店

1918年- ガブロンズに子会社を設立、ボヘミアンビーズの創作と供給に、支配的な役割を演じます

       主な顧客は、ロンドン、ニューヨーク、パリです。この時代に、彼らの息子のルシアン、ジャン、ピエールが加わります

       彼らの促進力を弾みに、ファンテジー・ジュエリーの創作と、吹きガラスビーズやパールビーズの製造を始めます

       彼らの最初の顧客はパリのデパートや、ファッションデザイナーでした

1925年- ビーズ刺繍ドレスが大フィーバーした時代です。フリード・フレールは、有名ファッションデザイナー達に、厖大な量のビーズや、

       ラインストーン、スパンコール、カボションを供給します

       ルシアンはオートクシュールの為の新製品の創作と探求に没頭し、ビーズやボタンの染色工房を開設します。ジャンは、

       ベルジュラックのビーズ・フラワーの製造所の運営と、照明器具用クリスタルガラスの販売を務めます

       ロンドンの中心部、プリンセス・ストリートに、ビーズ店を開き、この場所で、ロンドン市民はパリのスパンコールや、

       ボヘミアンビーズと出会います

 


戦争後

会社は繁栄し、成長し続けます

商品のラインナップは、ビーズ、木製ボタン、パール、GALALITEへと展開し、事業範囲も拡大していきます

使用される材料は、プレキシガラス、ナイロン、ポリスチレン、AMBROLITE、そして世界中からの新材料です

50年代、そして60年代- フリード・フレール社は、虹色の新しいクリスタルビーズを売り出し、顧客たちは魅了します

       フリード・フレール社は、ニューヨークの大型デパートとの契約に署名し、フラワービーズをインテリア部門に10年間を供給します

       フリード・フレール社は、メタリックドレスや香水で後に有名になったある若手ファッションデザイナーに、巨大なスパンコールを

       使ったジュエリー・コレクションを実現します

70年代、そして80年代- フリード・フレール社は、新しいデザイナーやパリの有名美容師達からの強い依頼に答え、ビーズジュエリーと、

       ヘアーアクセサリーの新コレクションを創作します

90年代-  専門家と、そして一般のお客様へのオリジナル作品の創作を展開します

       キットを開始します

1925年-パリ、装飾美術展 『モードのためのファンテジー』グランプリ受賞

1928年-アテネのEXPOSITION 金賞受賞

1929年-カイロのフランス展、名誉証書受賞

1984年-ギャラリー・ラファイエット『フランスの所有する才能』展

1986年-『ファッション奉仕の百年』

      フリード・フレール社は100周年を祝い、経営者のジェラ-ルとベルトラン・フリード両氏は、パリ市長ジャック・シラク氏より、

      パリ市から勲章を受章しました

 


100周年

 

新しいセンテナリーに、フリード・フレールパリ本社では、18世紀のルシアン・フリードのコレクション以来の、多様な用途に用いられるビーズコレクションを、小さな博物館のように今日も展示しております

フリード・フレールは現在、50名の才能の結集チームが、世界中からお集まりいただく多くの顧客の皆様にご満足いただくよう、クリエーションと新製品の検索を続けています